社長と秘書の恋のお話⑶

社長と秘書の恋のお話⑶

(白緋)

 

 


*本文の無断複製・転載等行為を禁じます。

*キャラクターがドラマの設定上から外れているパラレルになります。

 

 

 

 社長令嬢から社長と呼ばれる立場になってからもしばらくの間は付き人だった運転手が送り迎えをしていたが、ある日、大雨の晩にスリップの玉突き事故を起こしてしまい、酷く負傷したわたし共々病院に運ばれて自分を含めて死者は出なかったものの多数の重傷者を出した運転手は過失の責任を取り、会社から解雇通告処分を受けたのだった。

 


 あの日、重傷の知らせを受けた緋山さんが泣き腫らして赤々とした瞳でわたしの無事だった手を取り、声を詰まらせながら紡いでくれた言葉は今でも心の奥深くに残っている。

 


「…しら…し……しらーしぃ……白石!…あたしのこと分かる?」

 

 ぼんやりとしていた意識がようやく戻ったので、こくんっと頷く。

 

「…ぅぅ…うぁああ!!…しらいし…が…生きててくれて…本当に良かった…んぐっ…」

 

 無事だった右手を動かしてわたしは大丈夫だと指先から伝える。

 

「事故直後だから…まだ喋れないよね?」

 

 こくんっと頷いてゴメンと右手をにぎにぎして意思疎通を図る。

 

「わかった…何も言わずに聞いといて…あんたが重傷だと連絡を受けてさ…半身を失うんじゃないかと思うくらい胸が苦しかったの…」

 

 緋山さんは静かに泣きながら語り掛けてくれて、わたしも同じく涙が溢れ落ちているが片腕は骨折していて動かせなくて、緋山さんの涙を拭ってあげられないことが大怪我した痛みより辛くて悲しかった。

 

 緋山さん泣かないで。

 わたしはすぐに元気になるよ。

 わたしのことでこんなにも胸を痛めて泣いてくれる緋山さんが何より愛しい…

 

「あたし決めた…今後は他の誰にも白石の運転手は任せないし、あたしはあんたを一生守るから…だから……」

 


 記憶がそこで途切れた…

 


****

 


 会社の正面玄関先で記憶を手繰り寄せて待っている所に、送迎用の車を運転する緋山さんが見え、わたしが立つ正面に停車させて降りてくると、通常時の流れで後部座席のドアを開ける。

 

「白石社長、どうぞお気をつけて御乗車下さい」

「どうもありがとう」

「あ! ちょっ、何で助手席に乗り込んで…はぁぁ…」

 

 後部座席のドアを開けて待つ緋山さんをスルーして、勝手に助手席を開けて一目散に車に乗ってしまったわたしを見た緋山さんは大きくため息を漏らし、ドアを閉めて運転席に乗り込んだ。

 

「我儘に振る舞うわたしのこと…嫌んなっちゃった…?」

 

 自分の振る舞いで機嫌を損ねてしまったのではと不安になるくらいなら、良い子の白石恵でいたらいい…

 

「いいえ、いつものことなので気にしませんよ…」

 

 しかし、そんな良い子のわたしでいなくてもいいよと本質を理解して、決して見限ったりしない緋山さんに甘えているのはこれから先も許してくれますか…?

 前を向いたまま左腕を伸ばして頭を撫でてくれるちょっとぶっきらぼうな緋山さんは乗車後に思考を切り替えて、今はプライベートの緋山さんに戻っているみたいだ。

 

「少し寝てもいい…?」

「うん、お家着いたら起こす…ゆっくり寛いどいて」

 

 帰り道の運転は社長と秘書の顔を貼り付ける必要は無く、ドライブデートの感覚で緋山さんの助手席に座るわたしは彼女の顔でいられるように、緋山さんもわたしの恋人の顔になるのだ。

 

「…ついさっきまで、社長になった前後の記憶を思い出して回想してた…」

「ふーん…昔の緋山さんの方が軽口が叩けて好きだったのに〜! とか思ったの?」

「…ううん…緋山さんのことは立場が変わっても気持ちは変ることなく大好きだよ…」

「なによ、冴島に似てきてるから嫌んなっちゃうとか言ってたくせに…」

 

 むすっとした表情で口を尖らせて文句を言うほど気に障った言葉だったみたいだ。

 

「緋山さんいつもありがとう…」

「急にどうしたのよ、あんた疲れ過ぎじゃないの?」

 

 安全運転を心掛けている緋山さんも、わたしの感謝の言葉に頬を緩ませ笑みを浮かべてハンドルをぎゅっと握り直した。

 車の揺れが緩やかなのは、緋山さんからのわたしへの心遣いと愛情を表しているとすれば、わたしも愛情を表してみようか。

 

「好き好き好き好き好きっ好き、愛してる♡」

 

 急ブレーキがかかって車がガクンと止まった。