京香ママの子離れ奮闘記⑹

京香ママの子離れ奮闘記⑹

 

 

*現実の方々とは無関係のフィクションの世界です。

*本文の無断複製・転載等行為を禁じます。

*京香さんがお母さんというパラレル設定でも大丈夫な方は、どうぞお付き合いくださいませ。

 

 

 休日明けの朝、本日は営業会議がある為会社へと早目に出社すると、お泊まり先から出勤したのであろう次女とオフィス階の廊下で鉢合わせて対面した。

 表情はいつもと変わらずクールで淡々として微笑みもせず、最近の彼女は女子社員の中では愛嬌も可愛げも無くなってしまったのはどうしてですか?と、上司のわたしに伺ってくる者も多かったりするが、わたしにもよくわかってはいないのが現状なのである。

 

「おはようございます、鈴木次長」

「おはよう、天海さん。あなた、先輩のお家から直接来たのね?」

「御言葉ですが、部下の詮索は何も面白くもないのでしないようにお願いします…」

 

 恵梨香ちゃんと同じことを言う次女は、やはり同じ血が通っていてよく似た姉妹だと思った。

 

「今のは部下じゃなくて、わたしの娘に聞いたんだけど…」

「………お母さん、特に何も問題ありませんから、わたしのことは気になさらないでください…」

 

 また一枚透明で頑丈な見えない壁が目の前に現れた。

 生まれた時から慈しんできた目の中に入れても痛くない娘が目の前にいるのに、容易にその手を取ることはわたしには許されていないらしい。

 

「ふぅぅ…わかった。今日も一緒にお仕事頑張りましょうね」

「はい、では失礼します」

 

 何も知らない自分が情けなくて、また一つ心底から悔やんだ。

 次女とは段々と話し辛くなっているのは、ここ一、二年程前よりずっと以前からのことなので、あの子が入社した時点から既に上司と部下の関係故の溝と距離が出来てしまっていたのだった。

 

(あの子に会社や天海家の期待を背負わせているのは、全てわたしの所為なのよね…)

 

 文武両道、成績優秀の学年トップ、天海家の次女は会社期待の人材と言われて、採用試験も面接のみでほぼ顔パスだった。

 それ故に、本人の責任感も尋常なほど強く、教えてきた仕事以外にも指示を出す前に顧客の新規獲得を行なってきたり、誰よりも率先して上司に教えを請う姿勢にわたしは好感を持ち、彼女の心体の許容範囲を越えるまで仕事を教え込んでしまい、今に至るのであった。


 食品系営業部の自分が所属しているオフィスに到着し、部下と朝の挨拶を交わしながら歩いて自分のデスクに座り、朝の朝礼が始まるまで会議資料などのチェックをこなした。

 

「鈴木次長お疲れ様です、休日前に手直しを命じられた営業企画案が出来たので、チェックをお願いします」

「波瑠ちゃんご苦労様、直ぐにチェックを始めるわね」

「あの〜…」

「どうしたの波瑠ちゃん?」

「仕事中は出来るだけ天海さん呼びにした方がいいかと思うのですが…」

「波瑠ちゃんまでそんな寂しい事を言うのね…悲しいわ〜シクシク…ちらっ」

「そ、それは、社内の周りの目もありますし…姉さんから母娘は家だけにして上司と部下の距離で接しなさいっと言わているんです」

 

 波瑠ちゃんは次女の仕事に対する意識や姿勢、それから、優秀な営業実績と仕事振りを間近に見ている為か、わたし以上に尊敬の念を抱いているのは言動から承知している。

 しかし、立場的には少々悔しいので、一言物申すことにした。

 

「あの子はあなたの先輩、わたしはあの子とあなた上司よ、わたしは自分の呼びたいように部下の名を呼ぶ。だからそのお堅い先輩にも言ってあげなさい、鈴木次長もわたしも社内の規則や規律はきちんと守っていますと…いいわね」

「はい、分かりました…」

 

(板挟みにしてごめんね、わたしの可愛い波瑠ちゃん、後で謝らないと)と思っているところに、朝の挨拶を交わした時と変わらぬクールで淡白な表情の次女がコーヒーを淹れて持って来てくれたようだ。

 

「コーヒーを淹れて来ました、鈴木次長。お熱いうちにどうぞ召し上がってください」

「ありがとう、気が利くわね…うっこれは…塩辛ぁあああ!!」

「ママ!? どうしたの? 大丈夫??」

「あなた、わざと砂糖と塩を入れ間違えたでしょう!」

「いえいえ、夏場に入って汗を多めにかいているご様子でしたので、塩分補給をしっかりと考えただけですから、良い部下を持ちましたね」

 

 久しぶりに見た次女の笑顔が悪戯成功時の愉しげな顔とは、こんなひねくれデビルに育てた親の顔が見てみたいわ!…なんて一瞬思ったが、それは他の誰でもない此処にいるわたしでございました。

 

 本日の子離れ奮闘記は、次女による気が利いた塩辛いコーヒーに泣いたことを書き記しておくとする…

 

 追伸,皆さんはくれぐれも塩をふんだんに入れたコーヒーは、他の人には出さないようお気をつけくださいませ。