番犬ではないあなたと (後編)

番犬ではないあなたと (後編)

 


*現実の方々とは無関係のフィクションの世界です。

*本文の無断複製・転載等行為を禁じます。

 

 人事部のオフィス前に到着後しばらくの間、動かぬままその場で立ち尽くし考え込んでいた。
 珍しく怒りを露わにしてしまった今の状態では、仕事中の比嘉に会うのはどうにも躊躇われる。性格的には真逆だけど、わたしと結構似てるところがあり、勘のいい比嘉にバレないように心を落ち着かせて、オフィスの扉をノックして入室後すぐ一礼と挨拶をした。

 

「失礼します。おはようございます、総務部の新垣です」

「おはよう、よっしゃーやったねみんな!総務部の可愛い看板娘が来てくれたよ~人事部全員大歓迎ーー!」

「小池さん、恥ずかしいので総務部の看板娘というのはやめてください」

 可愛いの部分は自分では口にするべきではないので省いた。

「まあ誰も否定してないんだしいいんじゃない。それよりも、うちの部に転属する気になってくれた?」

「えっと、その件はまだ保留でお願いします」

 

 実を言うと、この人事部と他複数の部署から転属のオファーを二、三年前から継続して受けており、天海部長に頼んでオファーを断わるか保留でお願いしているのである。

 それは何故かというと、戸田の傍に居たいが為にあの部署から離れる気持ちが今日まで全くと言って無かったからであり…

 わたしの方が彼女を必要としているのに、気持ちを分かっていなくて勝手なのは自分の方だと今になって痛感していた。


「小池さん、人事の案件はその辺にしておいてあげて」

「人事部長、わかりました。それじゃ、新垣さんごゆっくりどうぞ~」

「新垣さん、うちの部下が不躾に物を言ってごめんね、持ってきたお話を聞くから奥へどうぞ」

「あ、いえいえ私は大丈夫です。失礼します」

 

 人事部長に連れられて奥の部屋へ移動していく途中、比嘉と一瞬目が合って心配そうな顔が瞳の奥に飛び込んで来た。

 比嘉にはいつも心配掛けてばかりだから、クリスマスには感謝の気持ちを込めたプレゼントをあげたいと思った。


 クリスマスパーティーの日程と会場の案内及び準備と当日の協力者を有志でお願いするように依頼して案内事項を伝え終えたが、人事部長は何かしら引っかかりを感じたのか、おっとりとした口調で尋ねてきた。

 

「ここに来る迄に何かあったのかなって思ったんだけど、当たりかな?」

「すみません、仕事中に私情を挟むのはよくないと分かってはいるのですが…同期と口論になり、平手打ちで頬を引っ叩いてしまいました…」

「あらあら、あなたみたいな温厚そうな子でもカッとなって手を上げてしまう事もあるのね」

  自分の失態を深く関わりがない部署の上司にわざわざ伝えてしまうとは、言った後に恥ずかしくなり項垂れて顔を伏せた。

「子細は聞かないけど、手を上げてしまったことはきちんと謝らないと。あと、モヤモヤしていたり業務に差し障りが出そうだったらいつでもわたしを尋ねてくれていいよ。他の部署の一部下であっても話を聞くのが人事の仕事なので、プライベートの話でも気軽に相談してね」

「ありがとうございます、その際はよろしくお願いします」

 

 部長室から出て、わたしの背中に手を添えて歩いてくれる人事部長の姿に比嘉を思い出し、この人から手ほどきを受けて学んでいることが分かった。

 少々長居してしまいその間中ずっと気に掛けていたのか、比嘉がデスクから立って駆け寄って来た。

 

「結衣、大丈夫?心配だから総務部まで送っていくよ」

「大丈夫、愛未は仕事中だから遠慮しとく」

「比嘉さんはお昼休憩までデスクでお仕事しましょう」

「うっ、はい…結衣、何かあったらスマホにメッセージ送って」

「うん。ありがとう、またね」

 

 入室と同様に挨拶と一礼をして、人事部オフィスの扉を閉めてホッと一息吐いた。

 踵を返して振り向いたところ、戸田が壁に寄りかかって後ろ手に腕を回していたので、思わず仰天して大声を上げてしまった。

 

「わーっ??!なんでそこにいるの?」

「ちょっと、声大きすぎだって!」

 

 人事部オフィス内にもわたしの声が届いてしまったらしく、先ほど閉めた扉から比嘉が慌てて飛び出してきた。

 

「結衣!!何かあった??」

「ご、ごめんなさい…なんでもないのでありんす」

「なんで花魁詞? それに、恵梨香もいるってことは、あんたまた結衣にちょっかい出したの?」

「ちょっかい出したのは結衣の方だし、この子もう連れて帰るから、バイバイまなみー」

「あの~ちょっとなんなのよー…結衣、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫、またね愛未」

 

 腑に落ちないという表情を浮かべた比嘉とその場でお別れして、戸田に手を引かれて廊下を歩いてエレベーターに二人で乗り込むと素早く抱き寄せられて戸田と顔を見合わせた。

トッティーごめんね…頬強く叩きすぎて…ンンッ!!」

 わたしが平手打ちしたところに目がいくよりも早く、戸田に唇を塞がれて濃厚なキスを求めてきたので抗うように胸を押して顔を後ろへと引くが、片手で頭を強めに押し返されてキスがどんどん深くなり、抵抗する気力を失くしてしまったわたしは…

戸田の背中に自ら腕を回し、甘くて蕩けてしまいそうな優しい口付けに溺れてしまうのだった…

 

「結衣…わたしのモノになってくれないの…?」

「ずるいよ…こんな状態で理性的な判断なんてできない…」

「ずっと大事に想って守ってきたのに、あんな簡単に突き放すなんてヤダ…わたしは結衣が…結衣の愛する想いが欲しい…」


 このまま大好きだと言ってこの腕の中に身を預けてしまえたらどんなに幸せなのだろうか…


 本当のわたしは番犬ではないあなたとお互い一途な恋がしたいと思っているだけなのに、この腕の中からスルリと抜けて、恋人がいるのに冗談でしょっ!と極めて明るく言って自分の心を偽り、心で泣いて微笑むしかなかった。

 

そして、総務部オフィスの階への行き先ボタンを押した。

 

終わり。

 

[登場人物追加]

高橋 克典

経理・財務部の部長

飄々として掴み所がない マッチョマン。


温水 洋一

食品経営企画部の課長

営業部門→コーポレート部門→営業部門と渡り歩いている、縁の下で支えるタイプの人。


小池 栄子

人事部の主幹

ざっくばらんに明るいが、胸を触ると怒られます。

 

人事部長

動物好きでおっとりとして天然なところが面白い人、交友関係が広く人事部長としての能力は秀逸。

正体はまだシークレット。