嵐のオフィスdeドキドキ観察 (後編)

嵐のオフィスdeドキドキ観察 (後編)

 


*現実の方々とは無関係のフィクションの世界です。

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波瑠さんは鈴木次長と触れ合っていた唇をゆっくりと離し、恍惚とした瞳で二人が見つめ合ったのはほんの十数秒ほどで、直ぐさま気持ちを切り替えたのか眼鏡を鈴木次長から流れるような動作で受け取り、パソコンから顔を離して何事も無かったように修正箇所などの会話を始めているのだった。

 


隣で一部始終を見ていた羊さんはというと、爛々とした瞳でこちらに顔を向けて来て、あたし達もさっきのアレやってみない?なんてトンデモナイことを聞いてくるものだから、わたしの頭は一瞬で沸騰してしまい、しゃがんでいる体の重心が後ろに倒れそうになるのを堪えるので精一杯だった。

 


「な、なな、何をおっしゃっているのですか!?キッ、キッスは本命の人とするべきだと思うのでああ、あーる…」

「ふっ、あははは、何よそのあーるって。里帆ちゃんも純粋で純情レディなのねー、そうかそうか」

「ま、またからかっていたんですか?!もう、いつもそうやって誑かすんですから。そのうち本命さんに愛想つかされて見放されてしまいますよ」

「え~?本命さんって誰のことを言ってるのかしら~?この会社の女の子みんな可愛いから一人なんて選べないなぁ、里帆ちゃんも可愛いねぇ♡」

 

羊さんに頭を撫でられるのを無抵抗で受けていると、その時…わたしと羊さんの真横から二歩ほど離れたくらいの場所に脚がドンと降ろされて、恐る恐る見上げてみると、わたしと羊さんを鬼の形相のようなお顔で仁王立ちしている紗季さんが見え、わたしはあまりの恐ろしさから凍りついてしまった。

 

「やけに遅いんで探しに来てみたら、随分と里帆ちゃんと楽しんでいるみたいですね…しかも他部署の覗きとは悪趣味過ぎでしょ!」

「ちょっ、ちょっと紗季ちゃん声が大きいって、この部署内の人にバレちゃうじゃないの…」

羊さんは慌てて立ち上がり紗季さんの元に駆け寄ったその瞬間、大荒れの暴風が吹き付けて、社内の電気が消えて一瞬で周囲が真っ暗になった。

 


キャー!!!わっ停電した!?パソコンの画面が落ちた!!…みんな落ち着いて!!などなど、未解決営業部の中で騒ぐ声が聞こえたと同時に、わたしも暴風の音と停電の恐怖から悲鳴を上げてしまった。

 

「キャーッ!!真っ暗なんて無理無理…ひぇええ…」

 

その場で身を守るように頭に両手を置いて塞ぎこむものの、わたしの頭は早々と冷静になっていて、羊さんと紗季さんはどうしているのかと気になって目を凝らしてその場を見回して探していた。

 


「…んっ………あたし…真っ暗闇が…だめなの……」

「…ふぅ……大丈夫…離さず抱きしめていますから……落ち着いて、羊さん…」

 

羊さんの背中がうっすらと見えただけだったけれど、恐らく暗闇の中怖がっている羊さんをギュッと抱きしめて励ましている紗季さんの声を聞いただけで、その光景が想像ができた。

 

メディカル部に配属になって、羊さんに憧れ始めてからずっと二人の背中を見てきているので、最初から紗季さんには絶対に敵わないと思っていた。

今だって、羊さんが縋り付いて恐怖を和らげる為に求めているのは、紗季さんの腕の中だという現実が目の前の暗闇の中にあるのだから、自分だけを見て欲しいなんて想いが叶うはずがないと分かってはいるのだが、そう簡単に諦めることができないでいるのが本音ではある。

 


「ケータイの懐中電灯があるんで、これで一室まで戻れますよ」

「落ち着いてきたわ…ありがとう。さすがあたしの紗季ちゃんだなぁ、頼りになるね~」

「それはもういいですって…余計なことを言うようでしたら羊さんだけここに置いていっても構いませんが」

「それは絶対にダメ、紗季ちゃんから離れてなるものか!里帆ちゃん、紗季隊長の電灯に続いて一室まで戻るよ、さあさあ立ち上がっておいで」

「えっと、コピーは取らなくてもよろしかったんでしょうか?」

「里帆ちゃん、羊さんには最初から期待してなかったし、急ぎじゃないからもういいよ」

 

背後の一室から停電による緊急時に社内を見て回る波瑠さん達がいるかもしれないと頭をよぎり、震える脚に力を入れてなんとか立ち上がり、紗季さんの手にしている灯りの元へと歩いた。

 


そうして、メディカル部へと戻る途中、コピーを取らずにどうして未解決営業部を覗きに行ったのかと、わたしが気になっていた疑問を紗季さんが代わりに問いただしてくれた。

 

「あー…その…ほら、鈴木次長って理想的な上司じゃない?あの人みたいに部下に信頼されてみたくてさ、お勉強にと思って時々観察しに行ってると言ったら笑っちゃうかしら?」

「わたしは笑いませんが、わたし達に信頼されたいのであれば、まずはその素行の悪さを正しつつ仕事を真面目に取り組むところから始めるのが先じゃないんですか?」

「ふふっ、さすがわたしの素敵な先輩である紗季さんですね~ごほん、ズバリその通りですよ!」

「こらこら~、紗季ちゃんはあたしの嫁なんだから、里帆ちゃんは誇らし気にしないでよね」

「今の羊さんが理想的な上司になれる日はかなり遠そうですね…そんな悠長には付き合いきれませんから」

 


羊さんのあたしの嫁という言葉に何故か反応も否定もしなかった紗季さんを真ん中に挟むようにして、真っ暗な社内を歩いて行く三人でしたとさ。

 

 

 

おしまい。