戦うオフィス乙女達

 

 

*現実の方々とは無関係のフィクションの世界です。

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戦うオフィス乙女達  (未解決のオフィスラブ)


 広大な荒野には枯れ草と砂の大地しか見えず目線の先にいる彼女と二人きりで、うっとりするような甘美な雰囲気は疎か、ときめきなんていうものは微塵もない。それに加えて、時折髪を乱れさせるくらいの疾風が煩く吹き付ける以外は何の音も聞こえなかった。


 砂塵が舞い上がった瞬間を合図に彼女は手に持った刀を上段の構えにして地面を蹴って飛び込み斬りつけて来たが、私は身を引いて一瞬よろめいたが何とか後ろに飛び退いて避けた。

 紙一重で攻撃を回避できたけれど、恐怖かそれとも焦りからなのか、こめかみから汗が一雫頬を流れ伝って地面に落ちた。


 彼女は笑みを浮かべたかと思ったら、突然狂ったように笑い出した。


「…ふっふふふ、あはははっ!!!ずっとあなたとこうやって交えたかったんですよ」


 どす黒さを宿して淀んだ瞳がゆらゆら揺れていて、それをジッと見ていると不快に感じ今すぐにでも逸らしたかった。しかし、次に何をしてくるか身構えるべきだと本能が警笛を鳴らすので目を逸らせなかったのだ。

 ターゲットを捉えたとばかりに目が据わり、もうその表情からは笑みが消えていた。


「こんなところで争っても意味なんて無いわよ…それとも本気で私を消してしまいたいのかしら?」

「…ええ、あなたを消してしまえるのでしたら、その存在毎全て失くしたいのですよ!わたしは本気なので覚悟してくださいね、鈴木さん」


 谷村さんは刀を握る手に力を溜めて、周囲の荒れた風を操るかのように素早く刀を大きく振ると、その衝撃波で私の服は所々ビリビリに斬り刻まれてしまうのだった。


「キャーッ!!……ああっ……くっ………」

「あらあら、綺麗な素肌と豊満な胸ですねぇ…しかもその紅い華のような痕は波瑠ちゃんに付けてもらったんですか?」


 その名前を聞くと熱く滾るような血が全身を駆け巡り、私は自分の刀を持つ手に力が入った。


「やめて…あの子の名前を気安く呼ばないで!!」

「ふふっ、わたしが波瑠ちゃんの名前を呼んだだけで怒りを露わにするなんて…京香さんはとっても可愛らしい人なんですねぇ」


 強く憤りを感じるくらい誰かを憎たらしいと思うことが無く、自分はどちらかといえば何が起こっても温厚な方だと思っていた筈なのに、どうしても抑えきれないくらいの怒りが胸を渦巻いていた。

 頭で考えるよりも先に体が動き出して、下段に構えた刀を彼女に向かって斬り上げたが、素肌に当たるような感触は感じられず、今度は突きを入れて飛び掛かって行くが同様に何も起こらなかった。


「どうして当たらないの!まるで風を斬っているかのようじゃない…」

「わたしがあなたを斬れても、あなたはわたしを斬ることができないのはどうしてか、わからないでしょうね」

「そんなのわからないわよ…もしも、幻というなら早く消えてちょうだい!私は…あの子の名前も心身も全て愛しく思っているの…だから谷村さんには絶対に渡さないわ!!」


 私は悪夢を消したい一心で谷村さんの名前を呼び、刀を振りかざして地面に叩きつけた……

 


****

 


「……す…き……じち……う……起きてください!」

「……ぁ……ここは…どこ?」

「よかった、京香さんがデスクでうとうとしてたら突然椅子から滑り落ちて、床に頭を打つけたみたいで脳震盪を起こしてたんですよ。あとここは病院の部屋です」


 ゆっくりと目を開いたら波瑠ちゃんの今にも泣きそうな顔が目に映り、ホッとして一息ついた。

 どうやら先ほどまでの奇妙な戦いは私の悪夢だったみたいで、どこにも例の彼女の姿は見当たらないのだった。


「京香さん…ずっと名前を呼んでいたみたいなのですが…もしかして何か夢を見ていたんですか?」

「あー…うーん…ちょっと変な夢を見ていたかもしれないわ…」


 さすがに谷村さんと刀で斬り合いをしている夢だとは恥ずかしくて言えず、言葉を濁すしかなかったが、波瑠ちゃんは口元に指を添えて伏し目がちに何か一瞬考えてから、スッと私の瞳を覗き込みながら頭痛や吐き気はないでしょうかと聞いてくれた。


「もう大丈夫よ、付き添ってくれてどうもありがとう」

「…はい、京香さんのこと信用していますが…いつも心配していますよ」

「波瑠ちゃん、心配させてごめんなさい」


 念のためにCT検査を行いどこにも異常は無かったので、受傷後数日の安静維持で退院できたのでした。

 

 

 夢に現れた張本人ともとりあえずは何の諍いも無く、普段通り一緒に仕事をしているけれど、波瑠ちゃんのことになると顔色を変えてライバル視してくるのは以前から同じく変わらなかった。


 ただ、波瑠ちゃんから聞いた『いつも心配していますよ』の言葉が何の心配を表しているのかは、今の私にはわからないのだった。