苦味を抑えた甘いキスを交わして…

 

 

 

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苦味を抑えた甘いキスを交わして… (未解決のオフィスラブ)

 

 

 

「この販促企画では弱いわね…市場調査がきちんと出来てるんだったらもう少し練れる筈よ!はい、やり直しね」

「はい…練り直して来ます」

 

 鈴木次長から提出した企画書を返されて、わたしは気落ち気味にトボトボと自分のデスクへと戻って行った。

 

「お疲れ様、波瑠ちゃん」

「美月さん、ありがとうございます…」

「わたしは良いと思ったんだけど、次長の方が一枚上手だったみたいね」

「すみません、せっかく美月さんにアドバイスを頂きながら作ったんですが、もう少し見直してみます」

「また何かあったら聞いていいよ」

「はい、分かりました」

 

 隣の席の美月さんは、この部署へ異動してからずっとお世話になりっぱなしなのに、見捨てずにいてくれる優しくて良い先輩だ。

 先輩の支えだけでなく、この仕事場自体が雰囲気が良くて居心地いい環境なのですが、一番の支えはやっぱり…

 今も電話を掛けながら、わたしの姿を常に追って見つめてくれる穏やかな瞳に心温まるのだった。

 

 企画書の練り直しから二時間くらい経っただろうか、パソコンの画面から顔を逸らして体をググッと伸ばし、少し休憩を取ることにした。

 

「ちょっと休憩して来ますね」

「はーい。あっ、ついでだから、お茶買ってきてもらってもいい?」

「了解です、何がいいですか?」

「波瑠ちゃんのおススメでいいよ」

 

 美月さんにわかりましたと伝えて、小銭入れと小物入れのポーチを持って仕事場から出て行った。

 自分の部署があるフロアの休憩所は、昼過ぎから夕方までの時間帯は人の出入りが多く落ち着かないため、わたしおススメの生茶と微糖の缶コーヒーを購入して、使用頻度の低い例の会議室へと移動して行った。

 

「…誰もいない、お邪魔しまーす…」

 

 入り口を背にして背もたれ付きの椅子に座り、缶コーヒーのタブを開けて一口飲んだ。

 一人になると仕事のことも忘れることなく頭をよぎったり、頭の中で靄がかかっている様な不鮮明な何かが引っかかっているのだが、どうしてだか全く思い出せないのだ。

 

 その時、扉が静かに開いた音がしたと思った途端、肩から両腕が降りてきて椅子越しに抱き締められるのだった。

 

「…ごめんなさい…説明不足なのとキツめな言い方をしてしまったかなって、気になってここへ来たの…」

「京香さん、わたしのことを気にしてくださったんですね。それだけで嬉しいですよ」

 

 頬に京香さんの髪と頬が触れるのがくすぐったいような、心地良さを感じて思わず微笑みが溢れた。

 

「それに、企画書の練り直しのことで落ち込んでたわけではないんですよ…この会議室に来たら京香さんのことを思い出したり、頭の奥に引っかかっている何かを思い出せるような気がして、よく来ちゃうんです」

「波瑠ちゃんのその記憶には……ううん、なんでもないのよ。何か思い出せたら真っ先に教えてね」

「……?…わかりました。そういえば、お仕事抜けて来ても大丈夫なんですか?」

「うん、コーヒーが切れたからわたしも休憩中なの。 それに、波瑠ちゃん分も切れてるから充電させて欲しいわ」

「いいですよ、体をそちらに向けますね…」

 

 抱き付いていた体を一旦離してもらい、椅子から立ち上がって京香さんの腰を引き寄せ、少しだけ背伸びして頬と耳に愛情を込めてキスをした。

 

「そんな可愛い誘惑をされたら、我慢が出来なくなってしまうわ…」

「えっ?…わわっ!?……京香さん………」

 

 腰を抱いていた腕の間と背中に京香さんが腕をズイッと差し込んだ途端、背中を会議テーブルの上に寝かされて、京香さんはその上から覆い被さると両腕をそれぞれの手によって拘束され、わたしの目と鼻の先まで顔を近づけてくるのだった。

 

「…ぁあ…このままあなたを食べてしまいたい…わたしがいつもあなたのことをどういう気持ちで見つめているか知ってる?」

 

 至近距離に美しい瞳と綺麗な長い睫毛が見えて、伏し目がちなその瞳に吸い込まれるかのように、胸の高鳴りがどんどん増しているのがわかった。

 

「…あの…わたしもきっと…京香さんを見つめている時はあなたと同じ気持ちか、それ以上だと思っています…」

「そう、それなら同意だと思ってもいいわね……んっ…」

 

 鼻と鼻が触れて、柔らかくて熱を持った唇が自分の唇を塞ぎ、啄ばむような口付けから始まり、京香さんはわたしの唇を舌で舐めて開かせると、口内を探り合うような深くて甘いキスに変わっていくのだった。

 

「………んんっ……はぁ………ぁぁ……ん………」

「……んんー……ちゅっ………っ……んん…………」

 

 舌を舐め上げては絡ませて、唾液を味わうように吸われ、京香さんの舌が合図を送ってくるので、その口内に導かれるように舌を潜り込ませて、彼女の口内を舐めては吸ってを繰り返していくと気持ちがもっと高まっていくのを感じていた。

 

 しかし、その甘くて蕩けるような時間を遮ぎるように、京香さんのケータイの着信が室内に響き出した。

 京香さんはその音に目もくれないといった様子で、わたしの唇から離れずに、深いキスを続けていた。

 お互いに息が苦しくなって、ようやく名残惜しそうに離れると、唾液が糸状にツッと伸びているのが見えて、京香さんとディープキスをしたことを実感したのだった。

 

「波瑠ちゃん…とっても可愛いわ…」

「…ケータイ、出た方がいいですよ…」

「こんな時は仕事のことなんて考えていられないのよ…ね、そう思わない?」

「わたしだって京香さんのことだけを考えていたい…でも、ダメですよ…鈴木次長」

「もーう、しつこい着信でムードが台無しよ!ふふっ、そんな顔しなくても出ます出ます」

 

 わたしは公私混同をしないで欲しくて念を込めて真剣な表情で見つめると、京香さんは観念したのか、スッとわたしから体を起こしてケータイを取り出して通話を始めた。

 わたしも会議テーブルの上から体を起こして、その上から降り立ち着衣の乱れを直し、しばらく京香さんの通話を見ていた。

 


「わかりました、ではこれからお待ちしております…ふぅ、急ぎの仕事が入ってしまったからタイムアップね」

「わたしも仕事に戻らないとですね」

「営業マンとの打ち合わせが終わったら、仕事一緒に見てあげるから、それまで頑張ってね」

「はい!ありがとう京香さん」

「その代わり…波瑠ちゃんの缶コーヒーちょっとちょうだい」

「あっ、それ飲みかけですよ」

 

テーブルに置いてある缶コーヒーをぐびぐびっと飲んだ京香さんは、間接キスも頂いちゃった!と、わたしが大好きなにっこり笑顔になり、わたしもつられて笑顔になった。

 

そろそろ荷物を持って出ようとした時だった。

京香さんの顔つきが引き締まっていたので、わたしは背筋に緊張が走った。

 

「あのね、本当はきちんとした告白をしたいんだけど…その記憶が何か思い出せるまで、もう少しだけ待っていてもいいかしら?」

「京香さんにとっては、それほど大事なことなんですね?」

「ええ、わたし達にとって、とても大事なこと…かしらね…」

 

 少し切なげに微笑む京香さんに連れられるように、美月さんに買ったお茶を片手に持って会議室を後にして、いつもの一室まで二人並んで歩いて行くのだった。

 

 

おしまい。