未解決商事 オフィスラブ②

 

 

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未解決のオフィスラブ②

 


 あの悪夢のような半日が時々フラッシュバックする瞬間がごく稀にあり、彼女が今自分の目の前にいることを確認するために、毎朝出勤後に二人きりで過ごす時間を僅かだけど取っているのである。

 朝は誰も絶対に立ち寄らない小さめの会議室に彼女と待ち合わせをしており、わたしが先に着いている日は本を読みながら待ち、彼女が先に着いている日は居眠りして待っている姿をそっと覗き見るのが好きだったりする。

 

「あなたとこうやって触れ合うだけで、心が落ち着いてくるのよ…」

「わたしも同じように感じています…」

 

 彼女の前に立ち、頬に手を当てて額を合わせて瞳を閉じてゆっくりと小さな呼吸を繰り返す。

おそらく欲張りなわたしは、この触れ合いだけではいつか物足りなくなるだろう。

波瑠ちゃんを本気で求めてしまう日が来たら、こんな23も年齢が上の同性を受け入れてもらえるだろうか…まだ決心がつかず、本心を伝えられずにいる。

 

「波瑠ちゃん、ありがとう」

「こちらこそありがとうございます」

 

 彼女が今の部署に異動して二年ほど経った日の朝に突然呼び出した時のこと、どんなお叱りを受けるんだろうとビクビク震えていたのを思い出した。

 

「そういえば最初の日、波瑠ちゃんはビクビク震えていたっけ」

「そりゃあ、毎朝出勤後にわたしに触れたいと言われるとは思っていなくて、今までのミスを復唱できるくらい深刻に考えていたんですからね」

「そうよね、これでもあなたの上司で役職持ちだから、そう思うのも当然よね」

「そうですよ。京香さんは来年度から部長に昇進されるんですから、わたしみたいなヒラ社員にはビシバシと厳しくしないといけないと思いますが」

「これでも結構ビシバシとやってるつもりよ~鬼の鈴木次長と呼ばれることもあるわ」

「ふふっわたしは京香さんを鬼だとは思っていませんよ。厳しい時も優しい時も同じくらい知っていますから…あ、そろそろタイムリミットです。先に行きますね」

 

 深々と一礼して真剣な面持ちで出て行く姿を見送った。

 

 じつは、決心がつかずにいるのは年齢と同性という問題だけではなかった。

 


 あの日、わたしと彼女は先程と同じように向かい合って立っていた。

 新人研修期間が滞りなく終了して、自分と同じ部署に配属が決まった報告を受けて、喜びに満ち溢れた顔で抱きついて来た姿を受け止めたわたしは、堰を切ったように想いが溢れてしまうと、入社式の後に出逢って感じたあの不思議な感覚を話し、彼女に一目惚れをしたということを伝えたのだ。

 わたしの心の内に秘めていた想いを伝えて、彼女の包み隠さない想いを聞いて、それからしばらくも経たぬうちにあの事故が起きてしまい、彼女はわたしとの大事な瞬間の記憶を失くしてしまったのである。

 

 不意にため息が溢れてしまうと、思考を直ぐに切り替えて、彼女が出て行った扉を開閉してから仕事場があるフロアへと歩いて行った。

 

「「おはようございます、鈴木次長」」

「おはよう、今日も気を引き締めてお仕事しましょう」

 

 数人の部下と挨拶を交わしながら歩いて行くのだが、自分のデスクに座る直前に、射竦める様な強い視線を感じてその方向を見ると、波瑠ちゃんの一期上の先輩であり同様にわたしの部下である、谷村 美月と視線が交わるのだった。