*現実の方々とは無関係のフィクションの世界です。
*本文の無断複製・転載等行為を禁じます。
触れ合う心と声と③
「…こことか問い掛けが上手でとても良かったし、理沙の心がざわついている様子が表しやすかったわね」
「…はい」
京香さんの唇が滑らかに動くたびに、意識がそちらに集中してしまう……
「あとテンポはいいんだけど、滑舌をもう少し滑らかになるように意識してセリフの言い回し練習をするべきだと思うんだけど…」
「…そうですね」
心身共に美しい人だし、あの魅惑的な瞳に至近距離で見つめられるとわたしの心の中はもう……
「やっぱり、波瑠ちゃん自身も大きな目をしてるわね…あんまりたくさんの人に懐いちゃダメよ〜……なんてね…」
「…わかりました」
悩ましげな顔で椅子に肘をついて顎を乗せて少し遠くを見つめている姿も様になっていて素敵だなぁ……
「…ごほん。波瑠ちゃん、もうこの辺でいいわ。水分補給をして、次のシーンに備えてね」
「えっ、あの…すみません!…セリフの言い回しをもう少し練習するべきでしたよね」
京香さんは先輩の定位置の椅子から立ち上がると、わたしの頭をポンポンと撫でて「そうね~集中力を途切れさせちゃったみたいでごめんなさいね」と苦笑いを浮かべて、先に退室して行ってしまったのだった。
扉が閉まるのを見つめながら、自分がやらかしてしまったんだとすぐに気がついて、頭を抱えて唸っていた。
「ああっしまったーー!!!京香さんのダメ出しをきちんと聞いてなかったとか、わたしだめじゃないの…」
しかも気を遣わせてしまい、先に謝られるなんて、大先輩に対して失礼極まりない行いだったと反省して後できちんと謝ろうと思うのでした。
撮影場所が移り、隣に立つのは草加さん役のエンケンさんで、次のシーンの前に談笑を交えてお話をしていた。
「歳上女性に気を遣わせずに、自然な流れで口説くにはどうしたらいいか、か…そうだなぁ…」
「エンケンさん、ま、待ってください…口説くとは言ってないじゃないですか、語弊があったみたいでそこは訂正しますよ」
「くくっ、ごめんごめん。波瑠ちゃんを遠巻きに見てたら、女性が自然に寄ってきてよく囲まれているし、サバサバした感じでオンオフ共に男前だけどお茶目な部分が魅力だなって女性キャストからよく聞いてるんだよ」
「それは今の役柄を演じていて、そういうイメージで見られているような気がしますが、この現場だけですよね?」
「ま、俺がそういう話をよく聞いてるのはここが多いな。あの人からは特にね…」
撮影現場に本番直前の合図の声が飛び、エンケンさんの声の最後の方がよく聞き取れなかった。
撮影本番がスタートし、いつものように矢代を丁寧に演じ、隣の草加さんの良い声を聞きながら、男性キャストの中に混じって会話をキャッチボールしていき、自分の演技にも緩急をつけて工夫を凝らしてみたりもするのだ。
「したがって、この資料の筆跡から導き出された答えにより、犯人は被害者の恋人であると特定できます」
「眼力、今話した推理に根拠はあるのか?」
「もちろんあります!」
「…わかった、その筋でホシを追い込んでいくぞ」
「はい!」
カットが入り、そのシーンの映像チェックから無事にOKが出て、ほっと一息ついていた。
撮影現場のセットから離れて、スタッフに挨拶しながら一旦休憩室へ引き上げようと歩いていると、小道具やセットの背景などが置かれている奥まったスペースがあり、そこに立って台本を手に持ちながらわたしを見つめている京香さんと目が合い、微笑みを浮かべて手を振ってくれる姿に嬉しさと胸の高鳴りが抑えられず、わたしは京香さんの元へと小走りで近寄って行った。
ちょうどその時、わたしが京香さんの元へたどり着く一歩手前でなんとタイミングが悪いのか、小道具と大道具を乗せた台車をスタッフが動かしている最中に見誤ったのか壁に激突し、そのうちの荷がいくつかがわたし達の場所へと吹っ飛んできたのが見えた瞬間、大声で叫んだ。
「京香さん危ないっ!!!」
「えっ…??!」
わたしは咄嗟に飛び込んで京香さんを抱きしめて、庇うように身を守る体勢を取ったのだった。