触れ合う心と声と①

 

 


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触れ合う心と声と

 

 

 

 撮影の合間の休憩時間、現在撮影中のドラマの演技の打ち合わせや演技の相談をしているのは、わたしとそのバディ役の京香さんだ。

 主にわたしが話し掛けに行って、アドバイスをして頂いたり、相談を持ちかけているのですが、毎回優しく丁寧に教えてくれるから、いつの間にか自分自身が役柄と似たようなワンコみたいになっているのだった。

 本日も、覚えてきたセリフ合わせや掛け合いといった確認を行っていると、京香さんからのダメ出しとアドバイスを多く受けてしまったので、本番さながらの役者の顔で挑んだ。

 

 台本のセリフ合わせから、少し白熱していくと…

 

「そうよ~ホルス。あなたも本気を出したら、なかなかのイケてる女性刑事らしいわね」

「そりゃあ、いつも本気で仕事に挑んでるんです、当たり前す!」

「あら、生意気なことを言ってくれるわ。でも、いつも肩に力を入れてばかりじゃなくて、少し心に余裕を持たせた方がいいと思うけど…」

「先輩は心に余裕があるんすか? あれだ、いつもお部屋で聴いてる音楽、あれが効果抜群なんですね」

「音楽は確かにリラックス効果がある、余裕がある人は知識と教養にも優れているの」

「知識と教養と修羅場を潜り抜けてきた経験が大事すかね」

「まあそういうこと。ホルスにしては合格ね。……はい、ストップ。アドリブでやってみたらダメ出しの部分は変えられそうかしら? どう? 波瑠ちゃん」

「はい、本番は出来ると思います。ありがとうございます、京香さん」

 

 さっきまで気合いを入れて役に臨んでいた姿から、普段の自分に戻って力を緩めると、京香さんもニコッと優しい笑顔になり、つられる様にわたしもふんわり笑顔になっているのだ。

 京香さんの柔らかい笑顔と美しい声色に惹かれて心酔しているわたしと、それを全て分かっているらしい大人の彼女もまた、わたしのすべてが可愛いくて溺愛しているのだと、つい先日、こっそりと耳打ちをして教えてくれたのだった。

 

 二人の話題は仕事関係に移っていった。

 

「もう少し早くに共演出来ていたらよかったのになぁ…」

「うふふっ可愛いこと言ってくれるわね、ありがとう」

「ホントですよ。だって、こんなに素敵な方がいらっしゃるとわかっていたら、出演するドラマももっと色々お願いして周りたいと思いますもん」

「波瑠ちゃんは最近はドラマで大活躍だもんね、わたしと言えば…お姑さんとかしてたわ」

「わたし録画してバッチリ見てましたよ!迫力がありましたよね、キャー怖い演技もハマっていてリアルにお姑さんだー!ってワクワクしてたんです」

「怖いって言ったわね~!まあ、もうしばらくは来ないとは思うけど」

「じゃあ、次はわたしのお母さん役をお願いしてみますか?」

「あはは、波瑠ちゃんとの年齢差を感じてしまうから、ちょっと遠慮するかもしれないわね…」

「わたしは年齢差なんて気にしませんよ。大好きな京香さんに触れて心を通わせて時には役者としてぶつかって、たくさん学びたいですし、それに…」

 

 不意に唇に手を当てて、隣にいる京香さんを瞬時に意識すると、大好きと口が滑ってしまったことに焦り、次の言葉に詰まってしまう。

 わたしが無言になってしまったので、何かを察したらしい京香さんは、わたしの左手に右手をそっと重ねて包み込むように握ってくれた。

 

「あ、あの…京香さん…」

「こうやって手を重ねて包み込むように触れ合うと、わたしの心の音色も波瑠ちゃんに伝わるかしら…」

 

 ドキドキと脈打つ鼓動音は自分が発しているのだろうか?それとも京香さんの心の音色…?

 わたしはスッと集中して耳を澄ましてみると、休憩所の外をスタッフや共演者が歩き回る音と、柔らかい息遣いが聞こえた。

 この休憩所にも人の出入りがあるため、京香さんは誰に見られても大丈夫な自然な体勢で手を重ねて触れてくれている。

 きっと周りからは、波瑠の緊張を解したり元気な演技ができるようにと、京香さんが付き添ってケアしているんだなと思われているだろうな。

 京香さんは、他の演者やスタッフから裏方さんにまで気遣いや心遣いが自然と出来る人だから、いつもそれができるのは凄いですよねと伝えると、謙遜した様子で、波瑠ちゃんも落ち着いていて周りへの配慮がきちんと出来ているし、わたしも憧れているのよ…と言ってくださったことを思い出した。

 

「クールで大人びているのに、明るくて悪戯っ子でお茶目なところが波瑠ちゃんの魅力な一面…わたしは誰より大好きなのよ」

 

 足を組んで体を傾けてこちらを覗き込む体勢の京香さんに、頬が蒸気するように熱くなるのが分かって、額と目元を咄嗟に片手で覆って隠した。

 京香さんの『誰より大好きなのよ』という一言が、頭の中で何度もリフレインするたびに、胸が甘い疼きで溢れてしまうから焦る。

 

「波瑠ちゃん、ちゃんと顔を見せて。 それとも、隠したままでキスしてもいいのかな?」

「あ…うぅ、まだ撮影の休憩時間ですし…口紅とかグロスが落ちたりですとか…」

「ふふっ、それもそうね! じゃあ今は、これで満たしてあげるね」

 わたしは目元を隠していた片手を下ろし、京香さんの視界に入ると、もう片一方の手を持ち上げて、その手の甲にスッと唇を近づけてキスを一つ頂いてしまったのです。

 

 その時、スタッフさんが休憩所までやって来て、わたし達にそろそろ本番に入るので準備をお願いしますと声を掛けた。

 

「手の甲が熱い…本番の直前に京香さん、こんなんじゃ集中できないですよ~」

「大丈夫よ、アドリブだと思ったらこれくらい余裕よ。さっ行くわよ、ホルス♪」

「京香さーん、待って…手を引いたままって、これじゃあ役と反対じゃないですか」

 

 京香さんはすごく嬉しそうなのは良かったけれど、わたしは自分の役のペースに戻るまで、心を落ち着かせるのに一苦労したのだった。

 


二人の時間はまだもう少し…続く…