魔女の鮮血~矢代の激昂~①

魔女の鮮血~矢代の激昂~①

 


どうして…

どうしてもっと早く気がつかなかったの…?

どうしてあなたが標的にならないといけなかったの…?

あなたを深く傷つけたホシが憎くて腹の底から憤りが湧いてしまうことを止められない…

でも、一番許せないのはあの時あなたの忠告を聞かずに先走ってしまった自分だ。

どうしてわたしは一番大事な人すら救う力が無いのだろう…

 


何度も自問自答を繰り返したところで、答えなんて見つかるわけがなかった。

 

 

 

…事件は数時間前に起きた。

 

 

 

 現在、鳴海先輩を連れ出しての捜査の帰り道で、もう時刻は晩御飯をとっくに食べ終えて世間では刑事ドラマやロードショーなどで盛り上がり始めたくらいだろうか。

私達は夕方頃に軽食を取っていたので、遅めの晩御飯の話題が上がっていた。

 


「遅くなってしまったんで、この後どこかに寄って帰りますか?」

「そうねぇ、できれば私はすぐにでも帰って軽く作って済ませたいところね」

「先輩の手料理に大賛成すよ!やったー、嬉しいなぁ」

「本当に大袈裟な子ね。あっホルス、飲み物を買いに行ってもいいかしら?」

「いいっすよ~自分、生茶でお願いしまっす」

「あなたね、まったく…唯の後輩だったらこんなところにまで付き合っていないんだから、感謝して労って欲しいくらいなのよ」

「鳴海せんぱいっ、感謝と敬意を込めてここで熱いキスをしてあげましょうか?」

「ホルス、調子乗らない。そういうのはオフの時間にして頂戴」

「はーい、わかりました。…後でいっぱいしたいなぁ、えへへっ」

 先輩に顔が緩んでいることを指摘されても、この後の甘いひとときを想像すると抑えられそうになかった。先輩も心なしか目元が嬉しそうに緩んでいるように見えた。

 


 こういう日常のやりとりができるだけでも充実感が得られて、これ以上の贅沢なものなんてないだろうと思っている。

そんな中、充実した時間を非日常的な出来事がぶち壊すことになるとは考えもしなかった。

 


 周囲は悲鳴や大声を上げて逃げて行く人々で騒然としていて、通り魔がナイフを持って一般人を無差別に襲っていると、現場付近のコンビニに立ち寄って飲料を購入しようとしていた矢先に騒ぎを聞きつけたのだった。

 


「先輩、我々も急行しましょう」

「ちょっと待ちなさい」

「何ですか?」

「初動は慎重であるべきよ。市民を守る以前に、私達は今完全に無防備な状態なのをあなたは分かっているの?」

「分かっているから普段から柔道で鍛えてるんじゃないすか、グズグズしている間に被害者が増えてしまいますよ」

「柔道で鍛えているあなたはいいでしょうね。でも、あなたの無鉄砲に付き合わされるこっちの身を少しでも考えたことがある?」

「我々は身の危険を踏まえた上での仕事をしているんです。それは先輩も分かっているはずですよね?」

「質問に質問を返さないでよ…あなたの言い分はよく分かるわ、だけど今の現状では応援を待って、私たちは周辺の歩行者の安全を確保するべく誘導する、それも大事だと思うわ」

 


 コンビニから少し離れた場所で先輩と問答を繰り返していても埒があかない。早くホシを捕まえて、市民の安全を守ることばかりが頭を巡り、目の前の先輩は一刑事としての存在でしか捉えることが出来なくなっていた。

 


「とにかく、自分は行きます!」

「ホルス、待ちなさい!一人で行ってはダメよ」

「じゃあ先輩もついて来てください!」

「もう…分かったわよ。行けばいいんでしょう…本当に困った子ね」

 先輩の憂鬱そうな言葉と溜息が聞こえてきたが、意識はもう現場へと向いているため、その細くて華奢な腕を取り、急ぎ足で歩いて行った。

 


事件の発端が起こったと騒いでいる公園にはすぐに到着した。

ベンチが多数あり芝生や木々が多く点在する、敷地面積が広めの公園のようだ。

しばらく道なりに歩いていると、女性がうずくまって痛そうに唸っている姿が見えて、急いで駆け寄って行った。

 


「大丈夫ですか?先輩見てください、彼女、刃物で切りつけられた跡がありますね…」

「直ぐに救急隊の手配をするわ、矢代は被害者の応急処置をお願い」

「了解です」

 その場で出来る最低限の応急処置を施して、被害者を安心させるようにと意識して出来る限りに優しく声を掛けた。

「救急隊と応援は呼んだけど、まだ少し時間がかかるだろうし、こんな薄暗い場所じゃ無闇やたらには動けないわね…矢代、落ち着いて周囲をよく見て行動しなさい」

「了解です。出来る限り二人で離れずに見て回りましょう」

「……お願い…待って……朋……」

「……えっ…先輩?……」

 


動き出す寸前で先輩に片手を取られて、一瞬体勢を崩しかけ片脚で踏み留まって堪えた。

公園は電灯の光が弱くて薄暗かったが、先輩の表情がわたしを心配だと色濃く浮かんでいることは、見るまでもなく手の微弱な震えで伝わっていた。

 


「大丈夫。理沙さん…無事にお家まで送って行くから、安心していいよ」

 仕事中は敬語の使用を遵守していたが、彼女がわたしを名前で呼ぶ時は恋人として結ばれている大事な時間だから、普段使いの話し方をするようにしていた。

「朋、わたしはまだまだあなたに教えたいことも話したいことあるの。あなたを残してはいけない…」

 

 

 

…続く。