ワインの酔いが覚めないうちに (やしなる)

 ワインの酔いが覚めないうちに (やしなる)

 


 時刻は既に23時を回っていた。週末の疲労感で体の重みを感じつつも、心は愛しい彼女への想いで満たされていて元気だった。

 その彼女から、お酒に合うチーズを買ってくるように言付かり、お財布を預かって24時間スーパーまで急ぎ足でやって来た。まさかお財布まで渡されるとは思わず、自分に預けていいんすか?と尋ねると、あなただから信頼して預けられるのよ…と嬉しい言葉を胸に留めて、お買い物を始めた。

 彼女ご所望のチーズとわたしの好きな商品を買っていいとの事なので、スナック菓子を一つとスライスサラミをカゴに入れてレジへと持って行く。レジには自分より歳がいくつか下の女性店員が愛嬌良く接客してくれたので、爽やかな笑顔でお礼を伝えると、お釣りを渡す手が震えて何故だか頬を染めている様に見えた。

 


 彼女のマンションの一室まで戻り、リビングルームを覗くと、そこにはもう既にアルコールが入り出来上がりつつある鳴海先輩がいるのだった。

 


「ちょっと先輩!自分を待たずに飲み始めるなんてヒドイすよ!」

「おかえり、あなたが行く前にワインをちょうど開けていたでしょう、それに私はあなたのような忠犬じゃないから待ては出来ないの」

「先輩だから構いませんが、恋人としては少し切ないす…」

「あなたもこちらへ来なさい」

 


 先輩はソファーに片足を組んでゆったりと座り、隣に来るようにとわたしを促している。

唇を尖らせて不満気な態度のまま隣に座り、先輩から顔を逸らして腕を組む姿勢を取った。

 


「…朋、こちらを向いて…お願い」

 先輩の声色が甘くて優しい理沙さんへと変わるのが、片耳に触れた息遣いで分かった。

「…理沙さんも少しは反省してください!…わたし、怒ってるんすよ…」

「…悪かったわ…ごめんなさい。だからあなたの怒った顔も私に見せて…」

「む~っ、怒った顔が見たいだなんて悪趣味な理沙さんすね」

 


 訝し気に顔をそちらへ向け、理沙さんに視線を合わせると、突然、唇に柔らかな感触が触れ合った。一度ゆっくりと離したら、今度は吸い寄せられるように熱を帯びるような口付けを交わした。

 


「…ふぅ…理沙さんの口の中、ワインの香りがして…飲んでないのに酔ってしまいそうです」

「と~もっ…ふっ、あはっはっは~怒った顔も好きってわたしもバカよねー!ふっふふふ」

「あーあ、理沙さんの酔っ払いのテンションが出ちゃってるよ…これじゃあわたしがセーブしないとダメすね」

「まだまだ飲むのよ。ほら、朋が買ってきてくれたスパークリングワインも美味しそうよ~ワンワンお手!」

「………わふわふ、お手……あ、先輩のチーズ開けときますね、スライスサラミもあるんでどうぞ」

「先輩じゃなくて、名前がいい………朋の匂い…好きよ…」

 わたしに身を寄せて、肩に顔を擦りよせて匂いを堪能している理沙さんの肩に腕を回し、愛しさが伝わりますようにと想いを込めて、額に口付けを一つ落とした。

 


***

 


 その後も飲み交わしていたが夜も遅くなっていた為、理沙さんに水を飲ませ、酔いが幾分か覚めたみたいで一安心だ。

 


「そういえば、さっき買い物をしたスーパーの女性店員さんが、お釣りを渡す時に頬が赤くて手が震えていたんすけど、もしかして恐がらせてしまったんすかね??」

「朋、あなたその女性店員さんに人懐っこい笑顔でお礼を言ったんじゃないのかしら?」

「んー…爽やかにありがとう!とは伝えましたよ。なんか可笑しかったんですかね?」

「…相変わらずの天然で鈍感だわ。その辺のどこにでもいるような普通の人と比べると、あなたのルックスだと爽やかに素敵な笑顔でコロリっと惚れてしまうような女性も多いのよ、無自覚なのが本当にタチが悪いのよね」

「タチが悪いとは聞き捨てならないすね!わたしは普段と変わりなく、誰とでも平等に接しているつもりですけど」

「いいえ、あなたは太陽のような笑顔が素敵な人間だと自覚すべきよ…って、何を言わせるの!!」

「えぇっ、ご自分で言ってわたしに当たらないでくださいよ~」

 

 

 

 これからは理沙さんに誤解されないように、笑顔は控えめにしようと思ったのでした。

 

 

 

…終わり。