矢代のお弁当奮闘記 (やしなる) 後編

矢代のお弁当奮闘記 (やしなる) 後編

 


 矢代のお弁当にほんの少しでも期待感を持ってしまった私が馬鹿だった…

 


 次の日は唐揚げとハンバーグ弁当、また次の日はミートボールとコロッケ弁当、そして本日は餃子とシュウマイ弁当と連日の胸焼け助長攻撃で来ているから、憤りさえ通り越して呆れて物が言えないくらいだ。

 


「鳴海先輩、今日は餃子とシュウマイ弁当にしてみました!どうすか?食欲そそられませんか?」

「またこってりしたおかずね…遠慮するわ」

 私の言葉に矢代は良いことを思い出したような表情でお弁当を食べる手を止め、微笑みを浮かべて私の顔を見つめている。

「またあのラーメン一緒に食べに行きたいすね…美味しかったなぁ」

「ラーメンの帰りにアイスは、さすがに胃が重かったわ」

「でも先輩、美味しい!美味しいわコレ~と言って味わってましたよね?」

「ちょっ、余計なこと言わないの!…あなたの声はまる聞こえなのよ」

「先輩だってボリュームは変わらないすけど」

 男性陣には会話がまる聞こえだと云うのに、今更何を言っても、もう遅いのはわかっているが、言うつもりの一切無い話が矢代の口から飛び出す度に、無性に羞恥を覚えるのだった。

 


(ひとまず気を取り直して……この子、自分の好物を作る傾向があるのね…このままだと毎日作り続けないといけないからこっちが負担になるわ…)

 


「はいはい、わかった。お弁当を美味しく見せるコツを教えるのと一緒に買い出しにも行ってあげるから、早く私を満足させてちょうだい」

「えっ!?」

「なによ、私とは行きたくないわけ?」

「もちろん行くに決まってます!!やった!早くご飯食べてお仕事頑張るぞー!」

 前向きで行動力の塊みたいなあの明るい性格…私とは正反対。だからこそ惹かれてしまうのでしょうね…ただし、暑苦しくてうるさいのが玉に瑕なんだけど。

 


***

 


 アフター5の時間がやって来た。財津係長は早々に帰宅し、草加さんもやる事があると言って出て行ってしまい、出入り口から視線を外し振り返ると、幸せそうな笑みが溢れる締まりのない顔の矢代が真後ろにいた為、思わずキャー!と叫んでしまった。

 


「そんなに激しく驚かれると、自分悲しいす…」

「ごめんなさい…って、まずは声掛けなさいよ!」

「次からは気をつけまーす。それよりも先輩、買い出しに早く行きましょう」

 矢代に手を繋がれて、早く早くと急かされるようにショッピングモールまで連れ立って行くのだった。

 


 食品売り場にやってきた私と矢代だったが、到着するなりちょっとだけ見たいところがあると言われて後ろからついて行くと、なんとお菓子売り場に足を止めたのだった。

 


「…もしかして…ここ?」

「はいっ。お仕事で疲れた時は糖分が欲しくなるじゃないすか、最近はチョコレートも機能性の高いものが増えて…」

「はい、ストップ。チョコレートの原料として使われているカカオには、忙しい現代人に必要な栄養素がバランス良く含まれている。カカオに含まれるテオブロミンという成分には脳の働きを活発にし、集中力や記憶力を高めてくれる働きもある。まあこんなところだけど…ホルスの記憶力にはあまり効果が期待できるとは言えないわね」

「どうせ、シワの少ない脳には効きませんよね、高機能云々はいいんすよ、美味しければ問題無いすから!」

「機能性の高いって話を始めたのはあなたでしょう…はぁ…もういいわ、それで?」

「先輩、お菓子買ってください!」

 


 期待が込められたキラキラしている眼差しが向けられると、断りにくくなるのを分かってやってないのだろうから、矢代には時々強く言えなくなるのだ。

「何を言ってるの?あなた自分で払うのよ。いい大人じゃないの」

「自分で払ったら普段と同じじゃないすか、先輩に買ってもらいたいんす!」

「いやよ」

「買ってください」

「なんでなのよ?」

「買ってもらった方が嬉しいんです」

「味は変わらないわよ」

「気持ちが変わるんす」

「へぇー、随分と機能性が変わるのね」

「大違いすから!大好きな先輩にっ…もがもが…」

 恥ずかしい発言が飛び出しそうな口を、慌てて片手を伸ばして塞いだ。

「お菓子は買ってあげるから!あなたは食材の買い出しに行く!さっきここに着くまでに教えたとおり、色とりどりと栄養バランスの赤・黄・緑を意識した食材よ、大丈夫?」

 


 矢代は嬉しそうな満面の笑みで分かりましたと言って、お菓子売り場を後にして行くのだった。

 


「…私もチョコレートを買っておこうかしら」

 


 その日の買い出しを終え、それぞれ帰路についた。

 


***

 


…翌日

 


 上司というものは部下に対して、物事を丁寧に説明し教えてあげるべきなのだという事実を痛感する事となったのだった。

 


「ホルス…信じられないわ、あなた雷にでも打たれたんじゃないの?」

「凶弾に倒れるのはもう遠慮したいす」

「話が噛み合ってないのはもういいとして、よくこんなアイデアを思いついたものね」

 


 矢代が作ったお弁当を改めて見ると、トマト・ブロッコリー・コーン・パプリカのチョップドサラダの一段と、卵と鶏そぼろに花形のにんじんグラッセが飾られたもう一段で出来ている、これぞバランスの取れたおかず言っても問題ないお弁当だった。

相当に調べて時間を費やしてくれたのだろうなと思い、しばらく感心して眺めていた。

 


「参ったわ。ホルス、私のお弁当をあなたにあげるわ。そのかわりに、私がこのお弁当を食べる、いいわね?」

「鳴海先輩…自分感激す!係長、草加さん見てましたか?やっと先輩のお弁当が食べられるんですよ!すごいことですよねっ、ねっ」

 


 そうだね、よく頑張ったね、と温かい賛辞の言葉を二人から受け取った、矢代の幸せそうな顔を見ただけで、私の心も充足感で満たされているのだった。

 

 

 

…終わり。