わたしがあなたにできること

三億円強奪事件の幕引きから数日経つも、倉庫番改め文書捜査官第6係の中ではまた別の感情を抱え始めた者が数名見受けられる。

一人は体力自慢の熱血刑事、もう一人は頭脳明晰な文字フェチ刑事だ。

 


 ごほん、文字フェチは余計よ!

 


倉庫番の魔女と呼ばれている彼女にも、乙女の悩みがあるのかどうかは本人のみぞ知る…

 

 

 

 ここ最近、矢代が物珍しく何か思考している姿が目につくようになっていた。

何も聞いて来ないのを他所に、こちらからも声を掛けることはない。それに人の問題など気にかける柄でも無いけど、今のこの身の上ではどうしても自由が利かない恨めしさは感じている。

 


「……はぁ…どうしたら…あの人のことを…………」

 


 何なのよあの子は、ついこの間までは先輩先輩~と尻尾を振って一緒に捜査しましょうだの、先輩の推理のおかげなのに!と言ったり、先輩のこともっと教えてくださいと傍まで寄って来ていたのに…今の状況は無性に腹が立ってくるわ。

 


「むっ……はぁ……らしくもないわ………」

 


 独り言をつぶやいてしまい、保管ボックスの影から覗いていることがバレていないか焦るも、財津係長のみ気づかれていた事に留まりホッと一安心した。

 


 目を皿にして矢代をジッと観察していると、それか!とピンッと来て、少し考えたらすぐにわかった。矢代が例の百々瀬佐智の部屋を訪ねてから、考え込む時間が増えたのだ。何を話して来たのか詳しく話さなかったし、彼女の心に宿る正義感と嘘は許さないという強い信念が表情に露わになる姿に、圧倒されてしまったのだった。

 いつも見ている矢代にも、もう一つの顔があるのだろう、それは刑事として当然であるとも言える。

        

(私が彼女にしてあげられることなんてあるのだろうか…?)

 


 いつも口を開いたら皮肉な言葉しか出ないのに、慰めるなんてそんな人間味溢れる優しさを表に出すのが苦手なのは自覚している。しかし、このままでは体以外に心にも不自由さを感じて生活を送らなければならない、それだけは極力避けたいものだ。

 


 そこで私は自分なりの行動に移すことにした。

 


「あーっいだだだだっ!!もう、いつまで痛いままなのよ…!あの日、捜査なんて行くんじゃなかったわ」

 


 その声を聞いた途端、矢代は椅子から即座に立ち上がり、烈風の如く自分の元に寄って来ていた。 

「先輩!!大丈夫ですか?腰痛みますよね…自分、御使いでも何でもしますんで、遠慮なく言ってください」

 その場にしゃがみ込んだ私の腕と腰を支えてくれる矢代は、本当に優しくて温かい人だ。それと比べて私は…

「ホルス、あなたその言葉は本当に本心から出ているの?」

「その言葉ってどの言葉すか?」

「''何でもします''なんて出来もしないことが多い世の中では、軽々しく口にするべきではないのよ、あなたにこの意味が分かるかしら?」

 矢代はしばらくの間、瞼を落とし無言で何かを考えていた。やがて、ゆっくり瞼が開き大きな黒目に一瞬引き込まれそうになる私を知ってか知らずか、矢代は目の前をしっかりと見据えて口を開いた。

 


「確かに、自分には出来ないことは山というほどあります…でも、先輩が困っている時に何もせずになんていられないです!自分にだけは言ってください、我儘でも愚痴でも何でも聞きますから」

 


 この子には本当に叶いそうにない。そんな真剣な表情で真っ直ぐに本心で言葉を伝えてくるものだから、胸につかえている無数の大きな棘が、少しだけ消えたように感じた…

 


「それじゃあお言葉に甘えて、お手洗いまで連れて行ってくれないかしら…」

 


「はい、喜んでお引き受けしまっす!鳴海先輩は動かないでくださいね…よいしょ」

「きゃっ、ちょっと待ちなさい!まさか私を抱えたままあの長い階段を上り下りするつもりじゃあないでしょうね?」

「もちろんしますが、いけないすか?」

「いけない!上で大勢の人間に見られるでしょ、そんな恥ずかしい思いをするのは御免よ!」

「そんなの誰も見てないですし気にしませんて、先輩は考え過ぎなんすよ」

「降ろしなさいったら、せめて背負ってちょうだい…ああ、もうっホルスの考え無し!」

 


 矢代に抱えられた私を、ニヤニヤしながら小さく手を振って見送る、財津係長と草加さんが扉が閉まるまで見えたのだった。

 

 

 

 彼女にしてあげられることは、もしかしたら……私はもう、答えが薄っすらだけれど見えてきたのかもしれないと思うのでした。

 

 

 

…終わり。