感謝の気持ちと深愛を捧ぐ (やしなる)

感謝の気持ちと深愛を捧ぐ

 


 街行く人々や喧騒、車の往来、そして照りつけてくる憎たらしい陽光、どれも私が生きる上では欠かせない‘‘存在’’の筈なのに、外に出るとイライラしてしまうのは毎度のこと。

 私がいてもいなくとも世界は変わらず回り続けるし、例え今この瞬間に世界の終末が来るとしても、何の躊躇いもなく静かに受け入れるだけだと半ば諦めていたのに、どうしてなのか理由ははっきりしないが、その考えが揺らぎ始めていた…

 


 私の心を揺るがすのは…いつも…

 

 

 

 週末は億劫だけれど外出をして、食材の買い出しに行くと決めている。宅配サービスで届けてもらうことも稀にあるが、新鮮さや品質は自分の目で判断して購入したいと思っている。

 日傘を差してサングラスをかけて颯爽と街へ行くと、休日の賑わいと活気で溢れていた。

しばらく商店街を歩いて行くと、よく見知った顔が見えたので足を止めてしまった。

 


 幼い少女の目線に合わせて片膝をついてお話をしている彼女にまさかと思い、サングラス越しに凝視すると、紛れもなく矢代が見えた。しばらく観察していると、矢代は少女の頭を優しく撫で、ハンカチで少女の涙を拭ってあげている様子だ。

 それから、数分の間少女とお話しているところに母親と思われる女性が現れて、真っ直ぐに駆け寄ると少女を抱きしめながら矢代に御礼を言って頭を何度も下げているのだった。

 


 私がずっと様子見ていたのを即座に察したのか、矢代は嬉しそうに駆け寄ってきた。

 さすが行動派の刑事のことだけはあり、周囲に気を配っている部分は関心する。

 


「わーっ鳴海先輩とバッタリ会えてラッキーっす!」

「あなたって休日でも犬のおまわりさんなのね、ご苦労様」

「はい!!ありがとうございます」

 


 いつもように皮肉気味に返すが、矢代は気にする素振りを見せず、はにかんだ笑顔を見せる。

 


「なかなか上手いこと言いますね~!まあ、根っからの正義感気質みたいなので、どんな些細なことでも放っておけないんすよ。先輩だって同じように行動すると思いますが、違いますか?」

「…確かに迷子を放ってはおかないわ、でも、母親と関わるのは極力避けたいから、近くの交番に預かってもらうでしょうね」

「あ…すみません、嫌なことを思い出させてしまいました…?」

「別に、もうあの件は解決したこと。人間が苦手な以外は問題ないわよ」

「それならいいのですが…そうだ!これから食材の買い出しに行くので、ご一緒にいかがすか?」

「へぇー、あなたでも食材の買い出しなんて行くのね、大したものだわ」

「今晩久しぶりに母と一緒に食事をするので、お肉を奮発する予定っす!」

「私もこれから買い出しだから構わないけど…ちょっとホルス、何で手を繋いでるのよ?!」

「そうと決まれば早く行きましょ、レッツゴーです!」

 


 商店街を並んで歩き、たわいもない話で笑いあったり、時々軽く皮肉を言うと矢代がジト目で睨んでくるのがまた可笑しくて、二人で吹き出して笑ってしまうのだった。

 しばらくすると、矢代が急に足を止め店頭のガラス戸の向こう側を眺めていて、何か気になる物でもあったのか尋ねると、あのカラフルなお花が目に留まって見ていたと、指差している方向に私も目を向けてみた。

 


 (あれは確かガーベラね、華やかさとカラフルで可憐な印象を受ける花姿が魅力。矢代が花に興味を示したのは非常に意外だったわ)

 


「ねえホルス、あそこにあるベンチでちょっと待ってなさい、いいわね」

「あの、先輩何か買いに行くんすか!?自分も行きま…」

「いいから、ほら、すぐに行きなさい」

「了解、わかりました…」

 


 しょんぼりと項垂れて、ベンチへと歩いて行く矢代に胸が痛くなったが、ごめんなさいねと心で謝罪し、私は花屋に入店して行った。

 


 用を済ませて、ベンチでスマホをいじっては眺めている矢代の元へ、急ぎ足で歩いて行く。私が近づくと、待ってましたという満面の笑みでその場に立ち上がった。

 そして、先程の花屋で包んでもらったガーベラとかすみ草も入った花束を矢代に手渡すと、目を丸くしてお花と私を交互に見ては戸惑っているので、『日頃の感謝の気持ちよ』と伝えた途端ガバッと抱きしめられていた。

 


「先輩!自分、ものすごく嬉しいです!あぁ生きてて良かった~!!!」

「相変わらず大袈裟な子ね。ここまで喜んでくれるのなら、あげて正解だったみたい」

「先輩から頂けるから嬉しいんすよ。…ところでこのお花は何か意味があるんでしょうか?」

「その花はガーベラと言って、ガーベラ全体としての花言葉は『希望』『常に前進』『前向き』で、ピンク・赤・白・黄色・オレンジと色別にも花言葉が存在するんだけど…興味があるのならあとは自分で調べたらいいわ」

「常に前進で前向き!といったら自分っぽいすね」

「ええ、そうね」

 

 

 

 例え今この瞬間に世界の終末が来るとしても、私の目の前にいる『希望』と共にいられるのであれば、最期のほんの一瞬まで諦めずに生きてもいいかもしれないと思った事は、矢代にはまだ伝えないのでした。

 

 

 

…終わり。