矢代のお弁当奮闘記 (やしなる) 前編

矢代のお弁当奮闘記 (やしなる) 前編

 


 それは、とあるお昼時から始まった、職場の後輩の奮闘記である。

前日は退庁時刻を大幅に延長して現場への出向から事情聴取まで付き合わされ、疲労感が溜まった体のまま、本日も第6係での役職をこなしていかなければならないのは少々気怠いのだが、そうも言っていられない。

私まで持ち込んでくる捜査資料はというと、他の人間には読み解くのに難解な物が多数存在し、脳をフル回転させては、文書解読の思考を繰り返していた。

 


 気がつけばもうお昼の時間帯だ。倉庫番の魔女と嫌味を多々含んだ異名を持つ私でも、人並みの空腹感があるし、最近ではめっきり食べなくなってしまったラーメンも昔は好んで食していたものだ。

 手作りのお弁当を持ち、執務室から離れるため立ち上がって部屋から出ると、待ってましたと言わんばかりに矢代がワンコのように駆け寄って来た。

 


「鳴海先輩~今からお昼ご飯ですよね?自分もちょうど食べようと思っていたっす!ご一緒してもいいすか?」

「(じぃー…)毎度、嫌だと言っても通じないみたいだし、勝手にすればいいわ」

「やった、それじゃあ自分はお茶を入れて来ますね♪」

 矢代はこの課で一番後輩であるため、率先してお茶やコーヒーを入れて出してくれるのだ。上ではもっと厳しく、新米刑事は「お茶くみ3年」と言われて、矢代も同様にみっちりと叩き込まれたことが伺えるのだった。

 


「先輩、お茶をお持ちしました…(ニコニコ)」

「ご苦労様、ずずっ…あら、今日はほうじ茶なのね。…確かほうじ茶の効能は、テアニンでリラックス効果・カテキンで虫歯やインフルエンザを予防する効能・ビタミンCやビタミンEも豊富で細胞を活性化させる効果などがあると言われているわ」

「隣、失礼します。さすが先輩!自分、そこまで効能があるとは知らずに、先輩のお疲れな姿を見て入れてました」

「ふんっ、ストレスによる心身の疲労の半分くらいは、ホルスが原因でしょうね…」

「えー!またまた~自分に皮肉ばっかり言って、ストレスのはけ口にもしてるじゃないすか」

「あなた、先輩に向かってどの口が言うのよ!」

「あでででっ、先輩、頬っぺたつねるのは勘弁っすよ~…///」

 矢代の柔らかそうな頬を片手でキュッとつねる。これくらいのスキンシップが出来るようになった人間は、今まで自分の中では殆ど無きに等しい。

 デスクで休憩を取っている財津係長と草加さんは、微笑ましい光景を見るような視線を私と矢代に向けていたのが癇に障ったが、ため息一つで気を取り直してお弁当を食べることにした。

 


「わあぁ!先輩のお弁当は今日も美味しそうでいいなぁ!自分はだし巻き卵が好物です」

「あなたの好物なんて興味ないし、あげるつもりもない」

「それじゃあ、自分のタマゴサンド一つと交換でどうすか?」

「へぇー、一応お手製のタマゴサンドなのね…でもダメよ、その程度で交換はしてあげないわ、ホルスのお弁当が美味しそうと思わない限り、一切受け付けないことに決めた」

「そんなの勝手に決めて、先輩の意地悪、えーん…お料理得意じゃないのにめちょっくっす!」

「め?めちょっくってなに?また新しい若者言葉なの?」

「めっちゃショックの略らしいすよ、面白いですよね~」

「…面白いかしら?まあ絶対に使わないと思うけど、一応覚えておくわ」

「それよりも鳴海先輩のお弁当のおかず交換を、なんとかクリアしたいところ…うーんそうだなぁ…」

 


 矢代はタマゴサンドを頬張りながら、私が箸でおかずを口へ運ぶ姿をホルスの目でじぃーっと見てくるので、視線をそらして食べ続けるのだった。

 


…続く。