影から脱却する方法 後編 (やしなる)

影から脱却する方法 後編 

 

心地良い体温に包まれていると、時が経つことなんて、すっかり忘れてしまう。

昔、柔道の稽古へ通っていた時、年上の体が大きなお姉さんに全然敵わなかったと、母親の腕の中だけで泣いていた記憶を思い出した。

先輩は母と年齢が近いことを考えたら、この心地良い感覚は、母性愛というものだろうか…?それとも………

 


この人にだったら、自分を包み隠さずに知ってもらいたいような、全てを委ねてもいいとさえ思ってしまうのだ。

 


「なんだか、鳴海先輩って、お母さんみたいすね…」

「ムッ…誰がお母さんみたいですって!?年齢的にもうあなたくらいの子供がいてもおかしくないって言うの?」

先輩はわたしの両肩を掴んだ姿勢で、眉間に太い皺を寄せて怒っている様子だ。

「ち、違いますよ!そういう意味で言ったのではなくてですね、この木なんの木みたいな…でっかい存在ですから!」

「気になる木、それはあなたが見たことがない大木って事?フフッ、バカねぇ、ほとんどフォローになってないわよ…」

「うぅ、すみません…」

呆れた顔をしているが、先程怒っていた時と比べたら、目尻が下がって微笑んでいるように見えた。

 


その時だった、おはようと挨拶をする財津係長と、今日はやけに仲良しなんだな…と良い声でつぶやく草加さんの声が左斜め奥から聞こえてきた。

わたしの両肩を掴んでいた手がバッと勢いよく離され、執務室への階段を急いで登って行く先輩の姿を見て、呆気に取られて立ち竦んでしまった。

そして、執務室の扉の前に立った先輩は、わたしに顔だけ向け、ボリュームを落とし気味の声が聞こえた。

 

「…あなたがいない世界なんて、文字や言語の概念など存在しない惑星に、唯一人取り残されるようなもの………なんてね、独り言よ…」

「鳴海先輩、あの…励ましてくださり、ありがとうございます…///」

「………じゃあね……」

一礼して、顔を上げた時にはもうそこにはいなかったのは、先輩らしいなと思った。

 

 

 

鳴海先輩の胸の鼓動は、わたしの中へほんのりと届いた気がして、影はもうそこには残っていないのでした。

 

 

おわり。